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ゆれる

ゆれる [DVD]

ゆれる [DVD]

兄は幼なじみの女性を、殺意を持って突き落としたのかそうでないのか。見ていたにもかかわらず事実がゆれる話。
結局どっちなの?という部分が多くて、私にしては珍しく、観た後で2ちゃんのスレを見たりして真剣に考えた。おかげでちょっと長くなった。
チャラチャラしててカリスマのある弟と、実直で変化を求めない兄。東京へ出て写真家として成功した弟と、家業に縛り付けられて田舎で一生を終えそうな兄。二人の確執が記憶をねじまげる。兄は幼なじみを殺したのか?


以下は私の解釈。2ちゃんでは違う解釈をする人もたくさんいた。でもこれから観る人は読まないほうが良いと思われる。

結局、突き落としたのかそうでないのか

突き飛ばしたらよろけて落ちた。あわてて手を差し伸べて智恵子の手を掴もうとしたけど間に合わなかった。
「触らないでよ!」って言われた後の稔の表情と、それを見てはっとした智恵子の表情、一部始終を見ていた猛の愕然とした表情、稔の腕に残った傷跡から推測。

猛と智恵子は付き合っていた?

NO。「けっこうしつこいだろ?酒飲みだすと」のカマかけに引っかかったこと、軽々しく寝たこと(付き合っていたのなら智恵子の重い性格も知ってるはず。稔が好意を寄せてることはわかりきってるのだから、後で面倒なことになることだって予測できる)から推測。
幼なじみという設定だから、それなりの付き合いはあっただろう。

三人の心の動き

智恵子の「どうしてあの時、猛くんと一緒に出て行かなかったのかな」という言葉は、冒頭で猛が実家に帰るときに事務所の女の子に「一緒に行く?」と軽く聞いたように、軽い冗談で言ったのだろう。「東京行くんだ」「へえ」「来る?一緒にw」くらいの感じで。猛にとってはすぐ忘れるような冗談だったけど、智恵子はずっと覚えていた。冗談だとわかってはいても、一度は自分のことを少しは想ってくれた(と智恵子は思っている)猛は過去の人ではあるけれど忘れるには強烈すぎて、今は都会で輝いている猛と昔一緒に遊んだことをときおり思い出し、猛の写真集を本屋で見つけたら買い。
久しぶりに自分の前に現れた猛は都会の洗練された空気をまとい、おまけに軽薄に自分のことを口説いてくる。誘われるままに猛と寝れば、それは刺激的な情事。稔が自分に好意を抱いていることはわかるしいい人だとも思うけど、つまらない男とはつまらない情事、つまらない生活しかありえない。猛のような人と都会で暮らし、もっと刺激的な生活を送りたい。猛の気持ちはまったく自分に向いていないことなど構いもせず、あせった女の思考が暴走する。
猛はと言えば、冴えない兄が手を出せないでいる女性をちょっとつまみ食いしてみたくなっただけなのに、自分の写真集を何冊もベッドサイドに並べていることや、しいたけが嫌いなことまで覚えているのを見て、面倒な女と寝ちまったと思ったことだろう。
重い女から逃げる猛。追いかける智恵子。それをさらに追いかける稔。高所恐怖症の稔が橋の上で智恵子にしがみつき、智恵子がどんどん稔に対する嫌悪感をつのらせていくところは見ていて痛々しかった。
ただでさえいろいろなものを弟に奪われっぱなしな稔、自分の好きな女さえ軽く奪っていった弟と、簡単に奪われてしまう智恵子、情けない自分と、全てに腹が立ってキレる。
橋の上で智恵子を突き飛ばした。明確な殺意があったわけではないだろう。だけど結果的に橋の上で突き飛ばしたことによって落ちた。すぐに手を差し伸べたけど、智恵子の爪は稔の腕に二本の傷を残して落ちた。橋から落としてやろうという気持ちがあったかどうか、助けようとしたかどうかは問題ではない。自分が突き飛ばしたことによって落ちて死んだということは、自分が殺したということだ。
猛は智恵子の落ちる瞬間を見ていた。にも関わらず見なかったことにし、橋の上で呆然としている兄に「どうした?何か見えんの?」などと声をかける。兄のせいで落ちたのだろうけど、殺意があったとは思えない。だけど突き飛ばしたところを見ていたと言えば兄に不利になる。自分は見ていないことにしよう。兄は自分が見ていたことは知らないし、兄があれは事故だったと言えばそれで一件落着だ。
稔の考えはずっと一貫していて、ただ初期の頃は自分が殺しましたとは言えず、どういう証言をするか決められず、「僕が悪いんです」みたいなことを言ってお茶を濁していた。だけどやっぱり自分で自分のことが許せず、有罪になりたいと願った。ただし明確な殺意を持って突き飛ばしたわけではないしそこまで誤解されたくはない。キレていた自分の感情をうまく説明することもできない。殺すつもりはなかったけど有罪にしてください。もちろん裁判でそんな判決はありえない。
だから弟の証言が欲しかった。兄が突き落とすところを見ましたと言って欲しかった。そのために弟を怒らせた。
猛が見たのは橋の上で智恵子を突き飛ばす稔と、突き飛ばされてバランスを崩して落ちる智恵子。それは突き落としたとも受け取れるし、突き飛ばしたら落ちちゃったとも受け取れる。角度によって判定の変わるあやふやな記憶は、そのときの兄との確執によって、兄の悪意の色が濃く補正された。それをそのまま証言台で言う。結果、稔は有罪になる。
稔としては殺すつもりはなかったという判定の上で有罪にしてほしかったわけだけど、そんな無理のある判決はあきらめるしかない(助けようとしたことを主張するなら腕の傷のことを言えば良いわけで、解剖のときに爪の間を調べれば稔の皮膚片が出てきただろう。それを主張しなかったのは稔の選択)。稔は有罪判決を受けて罪を償うことを許され満足する。
7年後、稔の出所前夜に猛が見た8ミリテープで、岩を登る幼い猛の腕を掴んで補助する稔の腕を見て、悪意フィルターのはがれた記憶がよみがえる。あのとき稔は確かに智恵子の腕を掴もうとしていた。助けようとしたのだ。7年前の自分の証言を猛烈に後悔し、猛は稔を迎えに行く。

ラストシーン、稔はバスに乗るか

乗る。バスが走り去った後には誰も居なくて落胆する猛の画が見える。
稔は猛のことを恨んでいるわけではない。だけどもう昔のように弟のことを大事にはできない。確執を利用したときからそれはあきらめていた。
ただし父親のことは捨てられないので、実家には戻ると思う。